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発掘


歴史 NEW


以前から倉庫として使っていた部屋を改装することになりました。
そして、断捨離が始まったのですが人力車の部品が出てきました。
車輪は木製+鉄、幌は竹製、、、今では考えられないものばかりです。

こういう歴史があって、ここまで来たのだと思うと感慨深いですが当時も今も「地域に必要とされる」ものを作り出していることは変わりません。

変えるべきところは変え、変えてはいけない軸はそのままに進んでいきたいと改めて思いました。




時は「昭和」時代
3代目・大江甚太郎が「大江幌自動車工業株式会社」に組織変更したのが昭和38年

業務拡張に伴い、敷地を拡げ作業場の増築を行いました。
車業界に限らず、ほとんどの業種が業務拡張の時代になっていたと想像しています。

増築の繰り返しで、「つぎはぎ」だらけの工場は
平成9年
4台目 大江栄治が大規模改築・第二工場の増設を進めました。
社名を「株式会社大江車体特装」に変更

特装とは「特殊装備」の略語で、名の通りクルマに特殊な装備の製造と設置を行っております。
平成時代は、福祉と災害の多い時代でした。
その時代に即した様々な車を世に送り出していきました。

現在、5代目
トラックやマイクロバスだけでなく、モノコックボディーの乗用車の改造を手掛けています。
大量消費の時代は過ぎ去り、本当に必要なものだけが生き残る時代に。
世の中の声と、人として幸せに生き抜くために「時代」と向き合いながら、地域産業に寄与するクルマ作りを脈々と受け継ぎ発展させております。


上段画像
第一工場(現A工場)の奥
以前はトタン屋根の資材置き場として使用されていましたが、老朽化と作業量の増大から作業スペースの確保が難しくなっていました。
現敷地の約半分を占めていた資材置き場と木材加工場を一度さら地にし、第二工場(現B工場)の新設を行います。

中段
工事開始の地鎮式

下段
工場増設に伴い事務所もリニューアル工事を開始。
現在の事務所となりました。




こんにちは。5代目です。

当社は創業1862年(文久2年)、江戸時代末期で明治元年の4年前に現在地で創業しました。
取扱品目は、車ではなく「人力車」
和紙でできた出品表や送り状の記述によれば、東京市日本橋町(市!?)へ納品していたことから「人力車メーカー」であったと考えられます。

というのも、当時の資料や家系図などはほとんどなく断片的にある資料を調べていくとそういう事実に行き着きます。

間もなく終わろうとしている平成ですが、現在主な生産品目は「はたらくクルマ」、具体的には天井に回転するライトが付いている緊急自動車や各種商用車・福祉車両・霊柩車など特殊装備車=特装車がメインですが、創業当時から「はたらく」と「車」のキーワードで事業を進めていることがわかります。

最近になって事業計画と経営理念や基盤を成文化しているので「はたらくクルマ」から軸がぶれることが無いのですが、150余年変わらずはたらくクルマ=人の役に立つ車=社会へ貢献できる事業として続けて来たことはすごいことではないのかなと自負しております。

頭の中で30年後の計画がすでに出来つつあります。
それを逆算して毎年の事業計画に落とし込んでいるのですが、将来を考える時に必ず必要になる情報、それが「歴史」です。積み重ねてきた「経験」です。
温故知新ということですね。

その歴史的資料が少しですが見つかりました。

おそらく2代目~3代目にかけての時代でしょうか?
(大正~昭和初期?)
実は、現在の工場の一部は当時のまま使用している箇所もあります。
ミシンが足踏みから電動に変わりましたが現在も縫製作業を行っております。
バーナーを使った溶接は、今も毎日のように行っております。

日々の積み重ねということは、いかにすごいことかと改めて思います。
次回は、カラー写真の登場です!!

おたのしみに。。。